「みんなの総意としての祝祭とは」制作レポート#3:バーバーから立ち上がるものをめぐって

日時:2020.11.18


バーバーから立ち上がるものをめぐって

場所がもつ引力

「玉ちゃんは童顔だからなあ。パーマあてたほうが大人っぽくなるよ」

バーバーマエのマスターは、20分おきにそう繰り返す。玉ちゃんとは、映像作家の玉田伸太郎さんのことだ。昨年から佐々木チームの一員としてF/Tに参加し、とくに今年は映像制作を中心に企画の初期段階から携わっている玉田さんは、以前から定期的にこのバーバーへ通っているという。南大塚三丁目に位置するこのバーバーは、佐々木チームにとって非常に重要な場所らしい。

「目と目が合っちゃったんだよね。いい女が何こっち見てんのよと思って(笑)。入ってきなよって手招きしてさ」

マスターと佐々木の目が合ったのは、昨年の8月のこと。佐々木さんはリサーチのために南大塚を歩き回るなかで、異様な内装のバーバーマエに惹かれたのだそうだ。店の前には巨大なコーヒーの木の鉢植えが置かれ、中に入れば店中が風変わりな置物やぬいぐるみで埋め尽くされている。水槽ではフナ(20歳)が泳ぎ、窓際のカゴでは小鳥(10歳)が鳴いている。年季の入った椅子を見ればここがバーバーであることはわかるが、明らかにただのバーバーではない雰囲気に満ち満ちている。

「文美さんから紹介したい店があると言われて山ちゃん[編注:快快の山崎皓司]と一緒に来たんだよね」と玉田さんは初めてバーバーマエを訪れた日のことを振り返る。「でも、ぼくらの髪を切ってくださいって言ったらやんわり断られちゃって。このお店の世界観に土足で踏み込んじゃったからかなと思って、それから茶菓子をもって何回か遊びに行きましたよね。それでぼくらの素性やF/Tで何をしようとしているのかを伝えて、本番が始まるからバッチリ決めようということでパーマをかけてもらったんですよね」

かくして、佐々木チームのコアメンバーだった玉田さんと山崎さんは昨年の「移動祝祭商店街」に際してパンチパーマをあてることになったのだった。玉田さんの話を聞いて、佐々木さんは「パンチパーマにしろとは言ってなかったのにふたりとも自発的にパンチにしたのが面白かったよね」と笑う。その後も佐々木さんや玉田さんとバーバーマエの交流はつづき、玉田さんは定期的に訪れてはパンチパーマをあてなおしているらしい。「そうそう、文美さんがしろって言ったわけじゃないからね。なんかこういうふうに通っていくと切りたくなってくるんですよね」と玉田さんが笑うように、どうやらこの場には妙な引力があるらしい。

歴史の積み重ねと現在への応答

バーバーマエが南大塚にオープンしたのは昭和47年、以降約50年にわたってこの場で営業をつづけ、地元の人々から愛される場所となった。佐々木さんや玉田さんがお茶をするためだけに何度も訪れていたように、髪を切るだけでなくマスターと話すために訪れる人々も多いそうだ。この日ぼくらが訪れる前も常連客と思しき男性がマスターと話しこんでいた。

浅草雷門の近くのバーバーで修行を積んだというマスターは昔ながらの職人気質で、まちの1000円カットや美容院の人々にはない多くの技術をもっている。玉田さんがあてていたようなパンチパーマやアイロンパーマも、いまでは徐々に失われつつある技術といえるのかもしれない。

「浅草のバーバーで働いていたときは水商売のお客さんが多くて、ボーイさんなんか髪型にうるさかったりしてね。ふつうのカットだけじゃなくて、アイパーとか特殊なやつも多かった。最近の人はみんな事務的にやっちゃうでしょ。それに最近はハサミも自分で研げないからみんな研ぎ屋さんに出してしまうじゃない? でも自分のクセがあるんだから自分でやったほうがいいよね。人に刃物なんて渡したら変になっちゃうから」

マスターはそう言って苦笑する。そんな話を聞いているといかにも昔ながらの頑固なバーバーというイメージが強まるが、ふと鏡の横に目をやると『鬼滅の刃』の切り抜きが壁に貼られていることに気づく。佐々木さんが「マスターってけっこう流行りもの取り入れるの早いですよね」と言って笑う。

「知り合いが『鬼滅の刃』の映画を観たら泣いたっていうからさ。どんなもんかと思ってね。全国的に流行ってるみたいだから、興味示したほうがいいのかなと。マンガ買ってきてまでっていうのはしっくり来ないから、コンビニで配られていたチラシを切り抜いて貼ったんだよ。クリスマスの格好してるし、時期的にもちょうどいいでしょ?」

そう言われて改めて店の中を見回してみると、あちこちに貼られた切り抜きやフィギュアは、どれもかつて流行っていたものばかりだということに気づかされる。『テッド』のぬいぐるみにピカチュウ、プリキュア、嵐、EXILE……さまざまなポップアイコンが店内にひしめき、地層をつくるようにして積み重なっている。ここには南大塚に流れる時間が凝縮されているようだ。

特異点としてあること

こうして話している間も、着実に玉田さんの髪は切られ、洗われ、パーマをあてられている。今日は「みんなの総意としての祝祭とは」の本格スタートを受けて、玉田さんが再びパーマをあてに来たのだった。今年はバーバーマエも企画に関わっており、佐々木さんがつくった顔ハメパネルのひとつはバーバーの前で撮られた集合写真を活用したものだ。奇しくも集合写真が示唆するように、ここには自然といろいろな人が集まってくるらしい。

「この間外国の人が来たんだけど、日本語があまり喋れないから翻訳アプリを使ったら『首を絞めてください』と表示されちゃってさ(笑)。そんなわけないだろと思ったんだけど、結局何を言おうとしてたのかわからなかったんだよな。けっこう外国の人も多いんだよね。大塚にはモスクもあるし、いろいろな人が来るよ」

大塚にはアジア料理の店も多く、近年は海外の人が増えていることで知られている。バーバーマエも、グローバル化が進んでいるようだ。50年にわたって大塚に積み上がった歴史がタテの軸だとすれば、ヨコの軸が広がるようにしていまもバーバーマエには多種多様な人々がやってくる。さまざまな文化や歴史が交差する場所としてこの場はあるのだろう。

そうこうしているうちにパーマもあておわり、玉田さんは立ち上がってグッと両手を上げて伸びをする。「どうですか? ここもうちょっと出したほうがいいですか?」と玉田さんが聞くと、マスターは「そうだな……」と言っておもむろに玉田さんの前髪を調整しはじめる。最後に微調整を行うのはマスターの役目らしい。「いいね、大人っぽくなったね」と言いながらマスターは玉田さんの髪をいじっている。「玉ちゃんは童顔だからさあ、このくらいやるのがいいのよ」

髪型をセットした玉田さんは、どこかスッキリした表情を浮かべている。いまやまちなかでパンチパーマをあてた人を見る機会は減っているし、どこか時代遅れなイメージがつきまとっていることも事実だ。でもいざ一部始終を見てみると、それが確かな技術に裏打ちされたひとつのスタイルであることがよくわかる。玉田さんの顔を見ながら、「髪の毛にはちゃんと手をかけたほうがいいよ。パンチパーマってのは、おしゃれな頭なんだからさ。スーツをピシッと着てる人と一緒で、ちゃんとしてる人だなと思われるよ」というマスターの言葉を噛みしめる。いつの間にかぼくもパンチパーマをあててみたくなっている。

「お兄さんもさ、またお茶しにきてよ。お茶するだけでぜんぜんいいからさ」

そうマスターに言われてバーバーマエを出ると、いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。セノ派の「移動祝祭商店街」が舞台とする昔ながらの商店街を見ていると、ついついその場の歴史やそのアップデートに気を取られてしまうが、歴史や時間とは単に積み重なっていくものではなくて、もっとダイナミックなものなのだ。バーバーマエのマスターを見ていると、そんなことに気づかされる。

すべての光を吸収するブラックホールが時空を歪ませてしまうように、バーバーマエもまた、大塚の歴史や文化、そこで暮らす人々をひたすらに受け入れながら、現在でもあり過去でもあるような空間をつくりあげているのだろう。それはこのバーバーから広がって、商店街全体に影響を及ぼしているようにも思える。商店街の〈景〉とはきっと、想像以上に複雑なバランスで成り立っていて、そう簡単に因数分解できるものではない。パフォーマンスに前景化せずとも佐々木チームの企画にとってバーバーマエが重要な場所であるように、この商店街にとってもバーバーマエは特異点としてあるのかもしれない。

テキスト・写真:もてスリム